大したことないといっても

2024/03/31

今日も、仕事だった。そこで、同僚にこう言われた。

”今日は〇〇くんときつねくんの日だから不安です”

正直すごく腹が立った。

やはり、ひとは自身と周りを同時に気にかけることはできないのかと感じた。

じぶんを大切にするときは、周りのことはおろそかになる。一方で周りに気を遣ってばかりいると、自分の心の声に気がつかなくなる。要はバランスである。

「周りからの評価は大したことはない。」

よく言われることだ。以前、私はあまりよくわからなかった。

小さいころから、私が自分自身に価値を見出すときは、周りが私に価値を見出したときだ。

幼少期から、私の善悪の基準は、父親の中にあった。父親の顔色を窺って、自分の意見を聞かれたときに父親の中の正解を探していた。

それは、自分の言ったことが否定されることも多く、「まだ子供だからな」とあしらわれることもあり、そういわれないためだった。

そして、現在に至っても、物事の判断基準は自分ではなく他者に依存しがちなのである。

自分の決断を信じることが出来ない。つまり自信がないのである。周りの評価は、私の無意識の中で、大事だったのだ。

だから、どうしても心が許さなかった。周りの評価が大したことがないということを。

でも、最近、少しずつわかってきた気がする。

自分にとって都合がよく、心地のいい相手は、「良い人」に見える。たとえその人が”悪い人”であっても。

何か自分にとって都合の悪い出来事が起こると、関係者は途端に悪い人になりえる。たとえ今まで、その人が”良い人”であったとしても。

この価値観が芽生えてから、周りからの評価は前よりも、とてもフラットに聞こえる。まだ、一喜一憂してしまうが。

支障をきたさない限り、これは個性と捉えるべきであろう。

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